ブッダの真理のことば 感兴のことば

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《ブッダの真理のことば 感兴のことば》是1978年岩波书店出版的图书,作者是中村元。
书    名
ブッダの真理のことば 感兴のことば
作    者
中村元
ISBN
9784003330210
类    别
佛教思想类丛书
页    数
394
定    价
945円
出版社
岩波書店
出版时间
1978-1-16
装    帧
文庫
开    本
文庫判

ブッダの真理のことば 感兴のことば内容简介

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『法句経』の名で知られる「真理のことば」(ダンマパダ)も,并収の「感兴のことば」(ウダーナヴァルガ)も,ブッダの教えを集めたもので,人间そのものへの深い反省や生活の指针が,风格ある简洁な句に表わされている.「ウダーナヴァルガ」とは,ブッダが感兴をおぼえた时,ふと口にした言叶集の意味で,初めての完訳.[1] 
ブッダの感兴のことば
「真理のことば(ダンマパダ)」と同じ本に収められています。
ウダーナヴァルガは西暦150年ごろ(カニシカ王の顷と近いという记述より)に、ダルマトラータ(法救 Dharmatrata)が编纂したという伝说があるそうです。
ヨーガ行者という言叶が出てきたり(32章「修行僧」81句)、ヨーガ・スートラでも瞑想・悟りの段阶の分解で何度も出てくるvitarka(微细な思考)という言叶が登场しています(31章「心」33句)。ダンマパダに比べ、他の教派に対する意识的なコメントが多くみられ、24章「広く说く」と33章「バラモン」はその感覚で読むとおもしろいです。
わたしは细かい読みどころをちまちま见ていくのが大好きですが、
それはさておき悩める人へは、この句がよいでしょう。
この世では自己こそ自分の主である。他人がどうして(自分の)主であろうか? 贤者は、自分の身をよくととのえて、悩みのうちにあって悩まない。
(23章「自己」22句)
悩みのうちにあって悩まないって、どういうこと?! という答えは、この本をしみじみちびちび読んでいると沁みてきます。
恋でお悩みの人には、この句がよいでしょう。
爱欲は愚かなる者どもを焼きつくす ── たいまつを放さない人の手を、たいまつが焼くように。
(2章「爱欲」4句)
解决にならない展开ですが(笑)、激しさと味わいが深く织り交ざった、ズキューンとくる喩え。
これは、手元に置いておきたい素敌なバイブル。
インド歴女っぽい読み方をすると、切り出しどころ、ツッコミどころが盛りだくさん。
29章は「ひと组みずつ」という章で、2句でひとつの构成なのですが、出だしの以下は兴味深い。
太阳が昇らないあいだは蛍が辉いている。しかし太阳が昇ると、にわかに暗黒色となり、辉かない。
そのように、如来が世に现われ出ないあいだは、(仏教外の)思索者たちが照らしていた。しかし世の中が仏によって照らされると、思索者は辉かないし、その人の弟子も辉かない。
そこのインド人たち、仲良くしてー! 仏教侧もそういうこと言うの、やめなさい(笑) という気分になります。
「绊」という言叶の登场场面もとても印象深いです。
  • 苦しみと苦しみの起る本(もと)を知る人は、どうして爱欲を楽しむであろうか? 思虑ある人は、世间における绊を棘(とげ)であると考えて、それを制しみちびくために修学すべし。(2章「爱欲」20句)
  • これこそ道である。(真理を)见るはたらきを清めるためにはこのほかに他の道は无い。この道を実践する人々は、瞑想を修して、悪魔の束缚の绊を舍て去るであろう。(12章「道」11句)
口あたりはやさしいけど、悪魔の束缚に変わりうる「绊」。わたしはあまりスッと使えない感覚の単语です。
「潜势力」という言叶も强く印象に残りました。
たとえ树を伐っても、もしも顽强な根を绝たなければ、树がつねに再び成长するように、妄执(渇爱)の根源となる潜势力を摘出しないならば、この苦しみはくりかえし现われ出る。
(3章「爱执」16句)
潜在意识に势力があって、その力を取り除くのだ、というのはすごい科学。
たくさんのなかから「人づきあい」の面で心に响いた句は以下でした。
  • 好きな人だからといってなじんではならない。ひとはそこで砕かれてしまう。清い信仰心の无い人を远ざけて、清い信仰心のある人に近づく。(10章「信仰」16句)
  • 他人の过去を见るなかれ。他人のなしたこととなさなかったことを见るなかれ。ただ自分の(なしたこととなさなかったことについて)それが正しかったか正しくなかったかを、よく反省せよ。(18章「花」9句)
  • 怒りたけった人は、善いことでも悪いことだと言い立てるが、のちに怒りがおさまったときには、火に触れたように苦しむ。(20章「怒り」4句)
  • どのような友をつくろうとも、どのような人につき合おうとも、やがて人はその友のような人になる。人とともにつき合うというのは、そのようなことなのである。(25章「友」11句)
  • (友となって)同情してくれる愚者よりも、敌である贤者のほうがすぐれている。同情してくれる愚者は、(悪いことを教えて)ひとを地狱にひきずり下す。(25章「友」21句)
ブッダは「ツルんで汚れるくらいなら独りで居ろ」というのがベースですからね。
章のまとまりとしては22章「学问」が心に响きます。メディアとの接し方への手引きのような章でした。
それとは打って変わって、「ど、どうしたの?」という感じがする句もありました。
岸に下りてゆく阶段の整备されている河は楽しい。理法によってうち克った胜利者は楽しい。明らかな智慧を得ることは、つねに楽しい。「おれがいるのだ」という慢心を灭ぼすことは楽しい。
(30章「楽しみ」24句)
「あそこにガートができてうれしい~」「おっといけね、慢心しちゃった☆反省(テヘ)。これもまた楽しい~」というような、アッパーなかわいらしさが全开です。一体どうしたのでしょう。编者のドーシャがラリホ~な感じだったんですかね。

ブッダの真理のことば 感兴のことば作者简介

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中村元,日本哲学家,古代印度哲学,佛教思想史专家。1912年生于岛根县,1936年东京帝国大学毕业,根据印度、欧洲各国古代语法,归纳出《东方思维形式》,当时正是思想统治之下,但此书确实一部实事求是的研究著作。1943年获文学博士学位,任东京帝大副教授,1954年升教授。二战后,指出汉译佛经中有歪曲印度原本的民主因素的迹象。为日本佛教的民主化提出了一些启发,他认为佛教时代的哲学是一种城市国家的产物。

ブッダの真理のことば 感兴のことば精彩节选

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  『ブッダの真理のことば(ダンマパダ)』
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  ものごとは心にもとづき、心を主とし、
  心によってつくりだされる。
  もしも清らかな心で话したり行ったりするならば、
  福楽はその人につき従う。
  -影がそのからだから离れないように。
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  実にこの世においては、怨みに报いるに怨みをもってしたならば、ついに怨みの止むことがない。
  怨みを舍ててこそ止む。これは永远の真理である。
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  まことであるものをまことであると知り、まことではないものをまことではないと见なす人は、
  正しき思いにしたがって、ついに真実(まこと)に达する。
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  他人の过失を见るなかれ。他人のしたこととしなかったことを见るな。
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  ただ自分のしたこととしなかったことだけを见よ。
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  うず高い花を集めて多くの花饰りをつくるように、
  人として生れまた死ぬべきであるならば、多くの善いことをなせ。
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  眠れない人に夜は长く、疲れた人には一里の道は远い。
  正しい真理を知らない者には、生死の道のりは长い。
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  贤者は欲楽をすてて、无一物となり、心の汚れを去って、おのれを浄めよ。
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  戦场において百万人に胜つよりも、
  唯だ一つの自己に克つものこそ、じつに最上の胜利者である。
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  みずから悪をなすならば、みずから汚れ、
  みずから悪をなさないならば、みずから清まる。
  清いのも清くないのも、各自のことがらである。
  人は他人を清めることはできない。
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  怒りを舍てよ。慢心を除き去れ。いかなる束缚をも超越せよ。
  名称と形态にこだわらず、无一物となった者は、
  苦悩に追われることがない。
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  怒らないことによって怒りにうち胜て。
  善いことによって悪いことにうち胜て。
  わかり合うことによって物惜しみにうち胜て。
  真実によって虚言の人にうち胜て。
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  真実を语れ。怒るな。请われたならば、乏しいなかから与えよ。
  これらの三つの事によって死後には天の神々のもとに至り得るであろう。
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  ただ诽られるだけの人、またただ褒められるだけの人は、
  过去にもいなかったし、未来にもいないであろう、现在にもいない。
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  その行いが亲切であれ。何ものでも分かち合え。善いことを実行せよ。
  そうすれば、喜びに満ち、苦悩を灭すであろう。
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  実に自己は自分の主である。
  自己は自分の帰趋(よるべ)である。
  故に自分をととのえよ。
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  ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。
  もしも汚れた心で话したり行ったりするならば、
  苦しみはその人につき従う。
  车をひく(牛)の足迹に车轮がついて行くように。
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  ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。
  もしも清らかな心で话したり行ったりするならば、
  福楽はその人につき従う。
  影がそのからだから离れないように。[2]  ------------

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  『ブッダの感兴のことば(ウダーナヴャルガ)』[3]  ================
  つとめ励むのは不死の境地である。
  怠りなまけるのは死の足迹である。
  つとめ励む人々は死ぬことがない。
  怠りなまける人々は、つねに死んでいる。
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  起てよ。つとめよ。
  平安を得るために、ひたすらに学べ。
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  他人に爱される人は、また自分のためにもよいことをするのである。
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  执着から解放されて、こだわりなく、完き(まったき)智慧あり、
  烦悩のさまたげなく、悪魔の领域を超えて、太阳のように辉く。
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  覆われたものに、雨が降り注ぐ。
  开きあらわされたものには、雨は降らない。
  それ故に、覆われたものを开けよ。
  そうしたならば、それに雨は降り注がない。
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  花の香りは风に逆らっては香らない。
  しかし、徳のある人々の香りは、风に逆らっても薫る。
  徳のある人は、すべての方向に薫るのである。
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  人が生まれたときには、実に口の中に斧が生じている。
  ひとは悪口を语って、その斧によって自分を斩るのである。
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  善い教えは最上のものである、と圣者は说く。これが第一である。
  理法を语れ。理法にかなわぬことを语るな。これが第二である。
  好ましい言叶を语れ。好ましからぬことばを语るな。これが第三である。
  真実を语れ、虚伪を语るな。これが第四である。
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  自分を苦しめず、また他人を害しないようなことばのみを语れ。
  これこそ実に善く说かれた言叶なのである。
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  信仰のない人と付き合うな。水の乾からびた池のようなものである。
  もしもそこを掘るならば、泥くさいにおいのする水が出てくるであろう。
  しかし、信仰心あり明らかな智慧のある人と付き合え。
  水を求めている人が湖に近づくように。
  そこには、透明で清く澄み、冷ややかで、浊りのない水がある。
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  风によって吹き上げられた尘が雨によって静まるように、
  ひとが明らかな智慧によって见るときに、诸の欲望の思いが静まる。
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  もしもつねに正しくこの世を歩んでいくときに、明敏な同伴者を得ることができたならば、
  あらゆる危険困难に打ち克って、こころ喜び、思いをおちつけて、かれとともに歩め。
  旅に出て、もしも自分にひとしいものに出会わなかったら、むしろきっぱりと独りで行け。
  愚かなものを道连れとすることなかれ。独りで行くほうがよい。
  孤独で歩め。悪いことをするな。求めるところは少なくあれ。
  林の中にいる象のように。
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  他人の过去を见るなかれ。他人のなしたこととなさなかったことを见るなかれ。
  ただ自分のそれが正しかったか正しくなかったかを、よく反省せよ。
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参考资料
词条标签:
出版物 书籍